神揃山(かみそろいやま) [相模六社めぐり]
先日、寒川神社に行って~相模国府祭(さがみこうのまち)六社めぐり~という案内の紙
をもらってから、神揃山というのが気になっていってみました。
~一之宮は寒川神社、二之宮は川勾(かわわ)神社、三之宮は比々多(ひびた)神社、
四之宮は前鳥(さきとり)神社、八幡宮は平塚八幡宮、総社は六所(ろくしょ)神社~
まずは、総社の六所神社でお参りをして神揃山へ。
(二宮駅と大磯駅の真ん中あたりにあります)
第十代崇神天皇の頃、出雲地方よりこの地に氏族が移住せられ、この地を『柳田郷』と名付け、氏族の祖神たる櫛稲田姫命を守護神とし『柳田大神』と称しました、御創建は崇神天皇甲申の歳と伝えられております。
大化改新後、奉遷歴勅を以て相模国八郡神祇の中心たる、相模国の総社として現鎮座地に遷座いたしました。その時より、柳田大神に、一之宮寒川神社、二之宮川勾神社、三之宮比々多神社、四之宮前鳥神社、平塚八幡宮の分霊を合わせ祀り相模国総社六所神社と称されるようになりました。~神社HPより~
写真は後ろの公園から。神社にいた猫のあとを追いかけていったここでした。
神社の屋根の上に白い蝶々が小さくですけど写っています。
ずっと近くを飛んでいて、写っていたらいいなあと思ったら写っていました。
神社から何となく感覚で20分ほど歩くと神揃山の麓に馬場公園という公園にでます。
(すみません説明があいまいで。最近、途中にある道祖神さんや、蝶々や鳥をみながら感じるまま
足に任せ歩いて、それらしき雰囲気の所で足を止めています。だいたい当たりますので)。
この奥の方に大矢場斎場という場所があります。
神揃山の南側の山麓馬場公園の一角高天原(新編相模風土記)又は逢親場(おおやば)、王家塚、
皇家塚とも書く。「寒川古式祭記」には、「おはや着」とある諸神集合の聖地である。五社より派遣さ
れた「七度半」の使者による迎神の儀が総社六社神社に参向して総社の高天原への御臨幸を促し
総社官立、見合の儀を経て総社は大矢場に着御・・・。
この後は儀式についての説明が続いて書いてあります。
ここから神揃山は5分程。公園前に見える変わった雰囲気の山と丘の中間みたいな山です。
どうも、後ろの方から登ったみたいでした。本当は、それぞれの神社が登ってくる専用の道があります。
登ってみて、変わった雰囲気にびっくりしました。それぞれの神体石といわれる石と石柱です。
一之宮 寒川神社、総社 六所神社。
二之宮 川勾神社、平塚八幡宮、四之宮 前鳥神社。
一つだけ離れて、三之宮 日々多神社。
並びについては、説明はとくにありませんでした。
国府祭とは相模の国府(今の県庁)が置かれた大磯町(国府本郷村)斎場と、この山下の高天原
(大矢場)斎場に国司(今の県知事)が自ら国内の代表を招請し五穀豊穣・民業繁栄と国民守護を
祈り奉幣心拝したことがこの祭りの始まりであると伝えられている。
この地に国府が設けられたのは平安後期の頃と考えられ、約九百年前からの祭りの格式を連綿と
して現在までよく伝え残した貴重な神事である。
この後、神事の執り行いについて書いてあります(祭りは五月五日です。かなり大がかりのようです)。
帰りは付近の小川でも散歩しながら・・・。
カワセミ君がいました。
カメさんが甲羅干し。
実はこの後、散歩のつもりが、≪関東ふれあいの道≫という看板にそって、歩いてしまい、鷹取山
という、今度は本当の山に登ってしまい(山はきつかった)、引き返すわけもいかず、頂上の鷹取神社
でお参り(御祭神 コノハナサクヤヒメ;富士山の女神様)してそのまま、カラス君の案内に沿って歩き
バス停にでて、平塚まで行ってしまいました。そしたら、平塚八幡宮のそばでバスが止まったので、
降りてお参りしてきました。
この様子だと、六社全部回りそうです(今、四社)。
相模国府祭についてウィキペディアより
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%BA%9C%E7%A5%AD
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いつも、ご覧いただきありがとうございます。
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~一之宮は寒川神社、二之宮は川勾(かわわ)神社、三之宮は比々多(ひびた)神社、
四之宮は前鳥(さきとり)神社、八幡宮は平塚八幡宮、総社は六所(ろくしょ)神社~
まずは、総社の六所神社でお参りをして神揃山へ。
(二宮駅と大磯駅の真ん中あたりにあります)
第十代崇神天皇の頃、出雲地方よりこの地に氏族が移住せられ、この地を『柳田郷』と名付け、氏族の祖神たる櫛稲田姫命を守護神とし『柳田大神』と称しました、御創建は崇神天皇甲申の歳と伝えられております。
大化改新後、奉遷歴勅を以て相模国八郡神祇の中心たる、相模国の総社として現鎮座地に遷座いたしました。その時より、柳田大神に、一之宮寒川神社、二之宮川勾神社、三之宮比々多神社、四之宮前鳥神社、平塚八幡宮の分霊を合わせ祀り相模国総社六所神社と称されるようになりました。~神社HPより~
写真は後ろの公園から。神社にいた猫のあとを追いかけていったここでした。
神社の屋根の上に白い蝶々が小さくですけど写っています。
ずっと近くを飛んでいて、写っていたらいいなあと思ったら写っていました。
神社から何となく感覚で20分ほど歩くと神揃山の麓に馬場公園という公園にでます。
(すみません説明があいまいで。最近、途中にある道祖神さんや、蝶々や鳥をみながら感じるまま
足に任せ歩いて、それらしき雰囲気の所で足を止めています。だいたい当たりますので)。
この奥の方に大矢場斎場という場所があります。
神揃山の南側の山麓馬場公園の一角高天原(新編相模風土記)又は逢親場(おおやば)、王家塚、
皇家塚とも書く。「寒川古式祭記」には、「おはや着」とある諸神集合の聖地である。五社より派遣さ
れた「七度半」の使者による迎神の儀が総社六社神社に参向して総社の高天原への御臨幸を促し
総社官立、見合の儀を経て総社は大矢場に着御・・・。
この後は儀式についての説明が続いて書いてあります。
ここから神揃山は5分程。公園前に見える変わった雰囲気の山と丘の中間みたいな山です。
どうも、後ろの方から登ったみたいでした。本当は、それぞれの神社が登ってくる専用の道があります。
登ってみて、変わった雰囲気にびっくりしました。それぞれの神体石といわれる石と石柱です。
一之宮 寒川神社、総社 六所神社。
二之宮 川勾神社、平塚八幡宮、四之宮 前鳥神社。
一つだけ離れて、三之宮 日々多神社。
並びについては、説明はとくにありませんでした。
国府祭とは相模の国府(今の県庁)が置かれた大磯町(国府本郷村)斎場と、この山下の高天原
(大矢場)斎場に国司(今の県知事)が自ら国内の代表を招請し五穀豊穣・民業繁栄と国民守護を
祈り奉幣心拝したことがこの祭りの始まりであると伝えられている。
この地に国府が設けられたのは平安後期の頃と考えられ、約九百年前からの祭りの格式を連綿と
して現在までよく伝え残した貴重な神事である。
この後、神事の執り行いについて書いてあります(祭りは五月五日です。かなり大がかりのようです)。
帰りは付近の小川でも散歩しながら・・・。
カワセミ君がいました。
カメさんが甲羅干し。
実はこの後、散歩のつもりが、≪関東ふれあいの道≫という看板にそって、歩いてしまい、鷹取山
という、今度は本当の山に登ってしまい(山はきつかった)、引き返すわけもいかず、頂上の鷹取神社
でお参り(御祭神 コノハナサクヤヒメ;富士山の女神様)してそのまま、カラス君の案内に沿って歩き
バス停にでて、平塚まで行ってしまいました。そしたら、平塚八幡宮のそばでバスが止まったので、
降りてお参りしてきました。
この様子だと、六社全部回りそうです(今、四社)。
相模国府祭についてウィキペディアより
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%BA%9C%E7%A5%AD
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タグ:神揃山(かみそろいやま)
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